ハロウィンの魔法
The magic of Halloween
「魔法使いの指輪」に現れる、
フクロウの賢者エルドと出会ってから、
いくつもの夜が過ぎていきました。
魔法使いのマオは魔法で物語を灯し、
エルドはその物語を指輪にして残す。
物語を灯す者と、残す者。
いつしか二人は、
そんな毎日を当たり前のように
過ごしていました。
けれどエルドの姿は、
人間には見えていませんでした。
エルドは確かに、
このお店に存在しています。
マオには姿が見えます。
会話をすることも、
触れることだってできます。
ただ人間には、
その姿が見えないのです。
エルドのいる場所を見ても、
そこには何もないように見えます。
エルドが人間のすぐそばを歩いても、
誰もその存在に気づきません。
もちろん、
エルドの声も届きません。
時々エルドは、
少しだけ寂しそうに目を細めます。
「いつか、人間と会話してみたいものだ」
マオは少し驚きました。
けれどすぐに微笑んで、
静かに答えました。
「仕方ありませんよ。
人間の世界とは、
少しだけ違う場所にいるんですから」
エルドは窓の外を見つめ、
しばらく黙っていました。
―――――――――――――――――――
その年もハロウィンがやってきました。
街には魔女や吸血鬼、
怪物の姿をした人々が溢れています。
人間たちが、いつもとは違う姿になる日。
そして。
人間の世界と、
魔法の世界を隔てる境目が、
一年の中で、
ほんの少しだけ近くなる日。
普段なら交わることのない世界が、
ほんの一日だけ、
少し近づくのです。
そんな不思議な一日が、
そっと始まっていました。
―――――――――――――――――――
ハロウィンの夜。
お店にもいつもとは違う飾りが並びました。
お城が描かれたキャンバス。
かぼちゃの小物入れ。
黒い布。
いつものお店が、
少しだけ不思議な場所に見えます。
そしてカウンターの上には、
たくさんの指輪が並んでいました。
赤い石。
青い石。
黄色い石。
形も、大きさも、
ひとつひとつ違います。
そのどれもが、
これまでこのお店で生まれた物語から、
エルドが形にした指輪でした。
誰かが笑った夜。
誰かが驚いた夜。
忘れたくないと思うほど、
大切な時間だった夜。
そのひとつひとつが、
指輪になって残されています。
どの指輪も生まれてからずっと、
静かにこのお店を見守ってきた指輪です。
ところがその日は、
ほんの少しだけ様子が違っていました。
物語から生まれた指輪たちが、
いつもより少し妖しく輝いているのです。
エルドは、
指輪たちをじっと見つめています。
「……今夜は妙だな」
「何がですか?」
「この指輪たちだ」
エルドは静かに呟きました。
「何かが起こりそうな気がする」
マオは指輪を見つめました。
ただ何が起こるのかは、
二人にも分かりませんでした。
―――――――――――――――――――
その夜も、
たくさんのお客様が訪れました。
マオが魔法を披露するたびに、
笑い声が生まれ、
驚きの声が響き、
新しい物語がまたひとつ、
店内に生まれていきます。
そんな中。
一人の女性が、
カウンターに並んだ指輪へ目を留めました。
「わぁ……」
女性は、
色とりどりの指輪を楽しそうに眺めています。
「これ、綺麗ですね」
「ありがとうございます」
マオは嬉しそうに答えました。
「このお店で生まれたたくさんの物語が
指輪になっているんです」
「素敵ですね」
女性は、
ひとつひとつ眺めていきました。
そしてその中の、
ひとつの指輪に目を止めました。
それはエルドが初めて、
マオの物語から生み出した
一番最初の指輪でした。
女性は、
その指輪をじっと見つめます。
――チリン。
どこからともなく、
小さな音が響きました。
指輪の石が、
一瞬だけ妖しく光ります。
マオは思わずエルドを見ました。
エルドもまた、
じっと指輪を見つめています。
けれど女性は何も気づきません。
「触ってみてもいいですか?」
「もちろん大丈夫なのですが…」
女性は指輪を手に取り、
指に通してみました。
―――――――――――――――――――
その時でした。
指輪が一層強く、
妖しく光りだしました。
「……え?」
今度は、
女性にもはっきり見えました。
女性が驚いた顔で、
自分の指を見つめます。
そして――
その光が、
ゆっくりと、
エルドのいる棚へ向かって伸びていきます。
一本の光が、
まっすぐ空間を走っていきました。
マオが息を呑みました。
「……エルド」
「ああ」
エルドも、
何かを感じ取っています。
光はエルドの身体を包み、
ゆっくりと消えていきました。
―――――――――――――――――――
その瞬間。
女性の目の前の、
世界が変わりました。
「…………」
さっきまでそこには何もなかったはずでした。
しかし今は、
一羽のフクロウが、
古い棚の上に立っています。
深く静かな瞳。
大きな翼。
その姿は、
まるで最初からそこにいたかのようでした。
女性は何度も瞬きをしました。
「……フクロウ?」
エルドもじっと見つめています。
「……見えるのか?」
「…………え?」
エルドが、
もう一度問いかけます。
「私が、見えているのか?」
その瞬間、女性にははっきりと、
エルドの声が聞こえました。
「……今、
このフクロウが…喋った?」
マオは驚きます。
「……はい」
女性は自分の指を見ます。
「この指輪……?」
マオはゆっくり頷きます。
「どうやらその指輪が、
あなたとエルドをつないでいるみたいです」
女性は信じられないような顔で、
エルドを見つめます。
「じゃあ……」
「今までずっと、
そこにいたの?」
エルドは答えます。
「ああ」
「ずっと?」
「ずっとだ」
「今まで見えなかったのに?」
エルドは少しだけ考えます。
「どうやら今夜は、
君の世界からも見えるらしい」
女性は思わず笑ってしまいました。
「なんか、すごい……」
エルドも少しだけ目を細めました。
―――――――――――――――――――
その夜。
エルドは初めて人間と話しました。
魔法のこと。
お店のこと。
ハロウィンのこと。
そしてどうでもいいような話まで。
「エルドさんって、
普段は何してるの?」
「寝ているな」
「えっと、昨日は何してた?」
「寝ていたな」
「明日は何するの?」
「多分寝ている」
「ずっと寝てるの?」
「フクロウだからな」
「随分と便利な言い訳ですこと!」
「……失礼な」
マオはそんなやり取りを聞き、
思わず微笑みました。
ずっと人間には届かなかった声。
その声が今初めて、
人間の世界へ届いているのです。
―――――――――――――――――――
やがて夜が終わりに近づきました。
帰り際の女性はどこか名残惜しそうでした。
「じゃあ、エルドさん」
「なんだ?」
「また話せる?」
エルドは少しだけ首をかしげます。
「どうだろうな」
女性が笑いながら、
指輪を外しました。
――その瞬間。
エルドの姿が、
目の前から消えました。
「……あ」
女性は驚きます。
さっきまで確かにそこにいた、
一羽のフクロウ。
もう見えません。
そしてエルドの声も、
聞こえなくなりました。
女性は外した指輪を見つめます。
「……この指輪をつけている時だけなんだ…」
マオは頷きました。
「どうやら、そうみたいです」
―――――――――――――――――――
お店を閉めたあと。
店内はまた静かになりました。
マオは指輪を見つめます。
「不思議ですね」
エルドも指輪をじっと見つめていました。
「ああ」
「ハロウィンだから、
こうなったんでしょうか?」
「おそらくな」
エルドは戸惑いながらも答えます。
「ハロウィンは人間の世界と魔法の世界の
境目がいつもより薄くなる」
「…それは…」
「だからこそこの指輪が、
私のいる世界への道を
開くことができたのだろう」
マオは指輪を一瞥します。
「でも……」
二人は目を合わせます。
「ハロウィンが終わったら、
また元に戻るんでしょうか?」
―――――――――――――――――――
翌日。
ハロウィンは終わりました。
街から仮装した人々もいなくなり、
お店の中の飾りも片付けられました。
お城が描かれたキャンバスも、
かぼちゃの小物入れも、
黒い布もなくなりました。
いつもの装飾に戻っていました。
ただエルドが残した指輪たちは、
いつもと変わらずそこにありました。
マオは少しだけ不思議な気持ちで
指輪を眺めています。
―――――――――――――――――――
その日の夜。
別のお客様にも、
昨日の指輪をつけてもらいました。
「……!」
エルドの姿が見えます。
そしてその声もちゃんと聞こえます。
マオは驚いた顔で、
エルドを見ました。
「……本当に?」
今度はエルドが残した、
他の指輪でも試してみます。
それでもやはりエルドの姿が見え、
声も聞こえます。
エルドは、
指輪を見つめながら答えます。
「どうやらハロウィンの夜に開いた道が、
そのまま残ったらしい」
「……どうして?」
「一度できた道を、
指輪たちが覚えたのだろう」
マオは指輪を見つめます。
「つまり……」
「ああ」
エルドは答えました。
「ハロウィンは、
道を開くきっかけだった」
「そして今は、
この指輪を身につけた者だけが、
その道を通れる」
マオは小さく頷きました。
昨日までこの指輪たちは、
物語を残すためのものでした。
けれど今は、
それを身につけた人だけが、
エルドのいる世界と繋がることができる。
そんな小さな道になっていたのです。
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それから「魔法使いの指輪」には、
新しい秘密がひとつ増えました。
エルドが物語から生み出した、
指輪を身につけた人だけが、
普段は人間には見えない、
一羽のフクロウと出会い、
言葉を交わすことができる。
「ファブラ、エルドさん」
「ファブラ」
「ファブラ」というのは、
魔法の世界の挨拶の言葉です。
様々な魔法界の言葉やルールを、
エルドは人間にも伝えていきました。
けれどマオにもエルドにも、
まだ分からないことがあります。
なぜこの指輪たちに、
そんな力が宿ったのか。
――そしてその力を、
他に知る者がいるのかどうか。
その答えは、
まだ誰も知りません。